大ゴッホ展をもっと楽しむ

藤田 貴大(ふじた・たかひろ)
1985年生まれ。2007年マームとジプシーを旗揚げ。以降全作品の作・演出を担当する。第56回岸田國士戯曲賞を26歳で受賞。2013年今日マチ子の漫画『cocoon』を舞台化、同作で2016年第23回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。様々な分野の作家との共作を積極的に行うと同時に、海外での公演にも意欲的に取り組む。2016年-2018年にはふくしまの中高生と、ミュージカル「タイムライン」を創作した。2024年初の長編小説『T/S』を発売。
ゴッホは在った
“ものごころ”というものがなんなのか未だによくわかっていないのだけど、そういうのが芽生えたころにはもうすぐそばにはゴッホが在った。初めて画家の名前を知って憶えたのもゴッホだったと思う。絵を描く人のことを画家と云って、ゴッホという名前の人はその画家である、というふうに。ただ絵を描くというのはすぐ隣りにいるだれかだってもちろんできるのだけど、画家という人たちはだれでも描けるような絵を描いているのではなくて、なにか特別な絵を描いているのだろう。ましてやゴッホという人は、画家と名乗る人たちのなかでも、どうやらなにか特別な、いや特殊なだれかなのかもしれない、と。あのころのわたしはわたしのなかのゴッホという像を、みるみると膨らませていった。というのも、わたしの父はゴッホのことが好きだというよりも、むしろ愛しているのだな、愛しているよな、という具合だった。家じゅうゴッホのポスター、ポストカード、カレンダーで溢れていた。リビングにいても、トイレにいても、寝室にも、壁という壁にゴッホが在った。父のつくったゴッホだらけの環境に身を置いていたので、未だによくわかっていない“ものごころ”というものが芽生えたころにはもうすぐそばにはゴッホが在った、というわけだ。
父はどこかに出張に行っては、ちょうどその土地で行われているゴッホの絵を鑑賞できるという展覧会へ足を運んで、ポスターとかいろいろ買って帰ってきていたようだ。父は食卓にてウイスキーを飲みながら、わたしにゴッホのまるでストーリーのような人生を語った。眺めていた展覧会のぶ厚い図録、ゴッホについて特集された雑誌、そして父の声がわたしのなかで重なって、膨らんでいく。ゴッホという像。彼はいったいどういう人だったのだろう。どうしてああいうふうにまっすぐ風景を見つめることができたのだろう。いつどこであんな色彩が、光が目にとびこんで、色に、かたちにできたのだろう。わたしは不思議でしょうがなかった。
18までの町は、北海道の田舎だった。夜になると街灯の灯りもわずかで、暗闇が訪れる。月と星が見える夜はすこし紺色に染まるのだけれど、曇っているととにかく暗い。暗闇。オトナが寝静まった夜は、やはり真っ暗闇だった。10になるかならないかのころ。音もたてずに階段を降りる。リビングには『糸杉と星の見える道』の巨大なポスターが壁に額装されてある。電気もつけずに、水を飲みながら目が慣れてくるのを待って。徐々にぼんやり浮かびあがってきたあの絵を見つめる時間があった。なにが描かれているか、はっきり言葉にすることはできない。けれども、夜だということはあのころのわたしにもわかった。月と星を隔てるようにして、大きな樹が空へと突き抜けている。空は渦巻いている。その光景は、この田舎の夜にもよくあるような場面のようにも思った。
おもえば、ゴッホはあのリビングまで届いていたし、わたしのもうすぐそばにゴッホは在った。